やりすぎ都市伝説SP 2015年9月23日放送回まとめ!

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都市伝説

2015年9月23日に放送された、やりすぎコージー芸人都市伝説をまとめました!



この放送回で、関暁夫氏によって語られた都市伝説についてはこちらをどうぞ!

進化する人工知能の危険 スマホを裏で操る秘密結社
この記事は、「やりすぎコージー 2015年9月23日放送回」で関暁夫氏が語った都市伝説、『進化する人工知能の危険 スマホを裏で操る秘密結社』をまとめたものです。&nbs...



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昭和を裏で動かした謎の人物

日本を牽引するトップと言えば総理大臣。

その総理大臣だが、総理大臣より強い権力を持つ実力者の存在を知っているだろうか。

マンガや映画の話のようだが、どうやらウソではないらしい。



昭和史に名を残した総理大臣。

例えば吉田茂や岸信介、佐藤栄作など、様々な人物を連想するだろう。

調べていくと各総理の裏に、総理大臣より強い権力を持つ一人の人物が浮かび上がる。



安岡正篤



古くから伝わる中国の学問に精通する、非常に頭の切れる人物であったと伝えられる。

幼い頃より神童と呼ばれ、現・東京大学に主席で入学。

卒業後は官僚になるもすぐに見切りをつけて、日本の指導者を育成する塾を開いた。



元総理の佐藤栄作は沖縄返還で知られ、後にノーベル平和賞を受賞している。

その沖縄返還の交渉相手はジョン・F・ケネディ。

敗戦国ということで舐められていたのだろうか。

会談時間はわずか10分であった。



そんな佐藤栄作に対し安岡は、こんな言葉を贈る。



「戦いに勝ちては喪礼を以って之に処る」



戦勝国は敗戦国に対して葬礼に加わるように接するべき、とする中国の教えである。



これをケネディに伝えよ、と安岡は言ったのだ。

実際に佐藤はケネディに伝えるとケネディは深く感心し、もっと聞かせてほしいと二人の会話は盛り上がった。

10分の予定の会談時間は、気がつけば3時間を超えていたという。



こうして大統領と深い関係を気付くことができた佐藤栄作は、沖縄返還を実現し、ノーベル平和賞を受賞することになる。

この功績は、安岡正篤のものと言っても過言ではないだろう。



では、なぜ我々は安岡正篤のことを知らないのか?

そのことも、安岡正篤自身の手によるものである。



有名無力 無名有力



有名になればなるほど人からの注目やしがらみが増えるため、自由に行動することができなくなる。

逆に無名で居続ければ、影から力を発揮することができる、という意味である。



我々が安岡正篤を知らないのは、彼の意図によるものだったのだ。



安岡はいつから昭和史に関わっていたのだろうか。

敗戦を受入れ、昭和天皇が読み上げた原稿の作成に、安岡が関わっていたと言われている。



安岡は昭和57年にその生涯をとじた。

安岡の意思を継いで日本に影響を与えていることを証明するものがある。



「平成」



昭和の後に続く現在の元号であるが、これは死の間際に安岡が提案したものだという。

平和が成立する時代を願ったのだ。



今も我々は、彼が願った時代の中に生きている。

ならば必ず、安岡の意思を継いで日本を導いている人物がいるはずだ。



彼の教えの一つ「有名無力 無名有力」

安岡の意思を継ぐ者は人知れず、裏から日本を導いてくれているに違いない。


天才マンガ家の知られざる作品

ギャグ漫画の金字塔で知られる赤塚不二夫。

おそ松くんや天才バカボンなど、今でも名前が通じる作品を数多く生み出してきた彼だが、

マンガを通じて実験的に笑いを実践した人物でもある。



例えば、

左手でマンガを描いてみたり

雑誌の見開きを使って、バカボンとバカボンのパパを等身大で描いてみたり。



その一方でこんなエピソードがある。

担当者がマンガ家から原稿を受け取るも途中で失くしてしまう、というマンガを描いていたのだが、後にこのストーリーと同じことが現実に起きてしまう。

担当者は青ざめながら赤塚のもとを訪れ、原稿を紛失したことを告げた。

すると赤塚は「飲みに行こう」と担当を居酒屋で連れ出した。



「店で怒られるに違いない…」



しかし赤塚は笑いながら、



「大丈夫。原稿の内容は頭の中に入っている。

家で思い出しながら描くから。

君が失くしてくれたおかげで、僕はさっきより上手く原稿を描くことができる」



と言ったという粋な話がある。



しかし寄る年波もあり、赤塚は病にもかかってしまう。

多くの作品を世に送り出してきたし、もう思い残すことはない。

自分の役目は終わったと思っていたところ、ある日あることに気が付く。

自分にはまだ笑わせていない人がいる。



目の不自由な子どもたちである。



そう考えた赤塚は、点字で描かれた作品を作る。

それは文章が点字になっているだけでなく、イラストが盛り上がっており、どんな形をしているのか、どんな表情でギャグをいっているのかがわかるという作品だった。



目の不自由な子どもたちを笑わせることができた赤塚は、きっと「これでいいのだ」と言ったことだろう。


未来から来た男

2003年、アンドリュー・カールシンという男が逮捕された。



その内容はインサイダー取引。

株で2週間のうちに、3億5000万ドルを手に入れたというのだ。

企業の内部情報を事前に知り、株取引をしたのだろうと疑いをかけられたのだ。



警察の取り調べに対し、カールシンは驚くべきことを口にした。



「私は2256年から来たタイムトラベラーだ」



もちろん捜査官はカールシンの言うことを真に受けたりはしない。

しかし調べを進めると奇妙なことが判明した。

カールシンが株の投資を始めた2002年12月より前の、彼に関する記録が一切存在しないのだ。



次第にカールシンは、未来について語り始める。

イラク戦争が始まる日時を言い当てたのだ。



未来からどうやってきたのか?

方法は? 乗り物は?

時間をつなぐトンネルがあるのか?



こういった捜査官からの質問に関しては、

「歴史が変わるから」

と言い張るだけで、断固応えようとはしなかった。



ある日、カールシンの支援者だという人物が現れ、保釈金を払ってカールシンは自由の身となる。

自由の身とはいえアメリカ国内の話。

特に監視の必要はないだろうと考えていたが……



カールシンは突然姿を消してしまったのだ。

アメリカが総力を挙げた捜査にも関わらず、カールシンを見つけることは出来なかった。



カールシンは本当に未来から来たのだろうか・・・?

現在アメリカは、カールシンの支援者だと名乗った人物を探しているという。


戦火を駆け抜けた奇跡の地下鉄

日本で地下鉄が開通してからおよそ100年が経つ。

ちなみに、日本で最初に走った地下鉄は東京駅~中央郵便局をつなぐ線路で、距離にして200メートルほど。

郵便貨物の輸送のために作られた地下鉄であったが次第に発達し、今は生活に欠かせない交通手段になっている。



この100年にわたる地下鉄の歴史の中で、走ることができなかった時期がある。

第二次世界大戦時である。



東京を襲った東京大空襲では、10万人以上の方が亡くなった。

この時の新聞で、空襲が起こった時に地下鉄を避難場所には使えないという政府の意向が発表された。

地下に逃れれば空襲を避けれると思っていた市民は絶望にくれる。



それどころか政府は



「空襲は怖くない」

「焼夷弾は手袋をすれば熱くない」

「みんなで力を合わせて火を消そう」



と、事態を戦意高揚のために利用し、嘘の情報を流し国民に植え付けた。



これは終戦まで続き、地下鉄は封鎖され避難に使われることはなかった。



終戦間際の1945年。

大阪にもB29が飛来し、大阪大空襲に見舞われる。

13万戸もの家が焼かれ、人々は逃げまどう。

甚大な被害を受けたのが御堂筋。

特に心斎橋は大きい被害が出た。



と、ふいに地下鉄への扉が開き、避難する人々を中に誘導する人たちがいた。

地下に逃れた人々はやってくる電車に乗って梅田駅まで逃げることができた。

梅田方面は空襲を受けておらず、無傷の状態だったのである。



この地下鉄が避難に使われたという記録は残っていない。

駅員の行動は、いわば政府の方針に背いた、法令違反にあたるからだ。

彼らの英雄的行動は、記録には残されず、そのとき助かった人たちの記憶に刻まれるのみである。


ハリウッドが恐れる呪われた映画

ハリウッドには、呪われた映画として恐れられている映画がある。



「Atuk」(アトゥック)

Atukとは、イヌイットの言葉で「おじいさん」を表す言葉。

1963年にカナダのある作家が書いた小説を元に作られた映画である。



アラスカに住んでいるイヌイットの集団がニューヨークに移り住む。

すると、生活習慣の違いなどで、イヌイットとニューヨーカーたちとの間でいざこざがおきる、というストーリーである。

コメディであるこの作品は、1980年に入る頃には脚本は出来上がっていたという。



この時に出演のオファーがあったのがジョン・ベルーシ

当時、トップのコメディアンとしてナンバーワンの人気を誇った俳優だ。

ジョン・ベルーシも役を快諾するが、悲しい出来事が彼を襲う。



役が決まった数ヵ月後に薬物多量摂取のため、ジョン・ベルーシは亡くなってしまった。

享年33歳だった。



撮影にあたって代役を立てなければならない。

そしてスタンダップコメディで人気のあったサム・キニソンに依頼することに。

撮影が始まるが、またも悲劇が襲う。

サム・キニソンはスタジオに向かう途中、交通事故によりこの世を去ったのだ。



主役が2人も死亡するという事態。

数年後、ジョン・キャンディという俳優に出演を依頼する。

映画「ホームアローン」などに出演した有名な俳優である。

キャンディも出演を快諾するが……

彼もまた、心臓発作によりこの世を去ることとなった。



キャンディとともに、マイケル・オドノヒューという人物も脳出血で亡くなっている。

彼はキャンディの友人で脚本家。

友人のキャンディにオファーが来たということで、一緒に同じ台本を読んでいたという。



それから数年後。

再び「Atuk」を作ろうという動きがあり、クリス・ファーレイという俳優に出演を依頼する。

クリス・ファーレイはサタデー・ナイト・ライブで有名になった俳優で、何本も主演作をもっている人物であったが、薬物多量接種で死亡している。



さらに年月が経ち「Atuk」を作ることに。

この時に依頼したフィル・ハートマンは、今までの経緯を知っており出演を拒否していたが最終的に承諾。

そして妻により射殺され命を落としている。

なぜ妻に射殺されることになったのかはわかっていないという。



こうした経緯から「Atuk」の映画製作は完全にお蔵入り。

アメリカ史上、最も笑えないコメディ映画となってしまった。

この映画の脚本の所在は、現在、行方が分からなくなっているという。


アインシュタインを超える天才の遺産

相対性理論を提唱したアインシュタイン。

彼は一般からは天才だと認知されている。

しかしアインシュタイン自身が、自分を超える天才がいるとして、ある人物の名前を挙げている。



ジョン・フォン・ノイマン



1900年代の初め頃に活躍したハンガリー出身の数学者で、20世紀の科学史における最重要人物として名前が刻まれている。

そのすさまじさはIQの高さ。



IQは一般人の平均で100、東大生の平均で120あるとされている。

ノイマンはIQが300あったと言われているのだ。



ノイマンにまつわる逸話は多く残されている。

●6歳の時には8桁の割り算が暗算でできた

●大学教授になった時のこと、同僚の教授が数ヶ月かかって解いた問題を、玄関先で話を聞き数秒考えただけで、答えを導き出してしまった。

●研究の世界では、新たな数式や定理に自分の名前がつくのだが、ノイマンはあらゆる分野で、自分の名を冠する数式や定理を50以上残している



ノイマンの頭の中にはヴァーチャルなホワイトボードがあり、それを使用しているため、紙もペンも必要ないのだという。



そしてノイマンが世界に残した重要なものがある。

コンピューターである。



ノイマンはコンピューターの動作原理を考案した。

世の中にあるコンピューターの99%がノイマン型コンピューターだと言われている。



そしてコンピューターの天敵である“ウイルス”。

あるウイルス対策ソフトの会社によると、世界で飛び交っているウイルスのうち、半分程度は存在も認識できていないと言う。



そのコンピューターウイルスだが、その原理は他人のコンピューターに入り込み、プログラムを複製する“自己増殖”を基本としている。

ウイルスの自己増殖の概念も、ノイマンが提唱したものなのだ。



世界に普及するコンピューターと、それを脅かすコンピューターウイルス。

この構図は、ノイマンの頭にあったホワイトボードによって描かれていた数式なのかもしれない。

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