やりすぎ都市伝説 坂本龍馬フリーメイソン説

坂本龍馬フリーメイソン説

やりすぎコージー・芸人都市伝説で語られた都市伝説をまとめています。

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フリーメイソン発祥の地、イギリス。

そしてフリーメイソンが建国した国、アメリカ。

 

そして、日本にもフリーメイソンの影が見え隠れする。

現在、幕末に関してある噂が浮上してきている。

 

その噂とは坂本竜馬フリーメイソン説である。

 
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日本に迫るフリーメイソン

これまでも紹介したように、フリーメイソンは世界中に影響を及ぼしている。

ではフリーメイソンが、日本と関わりを持ったのはいつからだろうか。

 

フリーメイソンが日本に接触したのは江戸時代末期だといわれている。

 

1866年に起こったある歴史的大事件。

この事件を紐解くと、自ずと謎に近づくことができる。

 

その歴史的大事件とは薩長同盟である。

 

薩長同盟とは、薩摩藩と長州藩が倒幕の為に結んだ、政治的・軍事的同盟である。

 

 

フリーメイソンは、どのようにして薩長同盟と関わっていったというのだろうか。

 

フリーメイソンと薩長同盟の間に入り、両者を仲介した人物こそ坂本龍馬なのだ。

 

考えてみてほしい。

当時の坂本龍馬は土佐藩を脱藩した浪士にすぎない。

そんな彼が、なぜ薩長同盟を成し遂げるという、大役を果たすことができたのだろうか。

 

それは、龍馬の後ろに黒幕となる人物がいたからである。

 

その黒幕の名前は、トーマス・ブレーク・グラバー。

 

トーマス・グラバー

旧グラバー住宅
長崎でグラバーと言えば、かつての邸宅が観光名所になるほど有名な人物である。

2015年には「明治日本の産業革命遺産」の一つとして、ユネスコ世界遺産に登録されている。

(以下、グラバーの邸宅は旧グラバー住宅と表記する)

 

しかしよく知られている名前とは裏腹に、日本の歴史において、どのようなことをした人物なのかはあまり知られていない。

 

トーマス・グラバーはスコットランドのアバディーン出身。

1859年、21歳という若さで長崎の地に降り立ち、頭角を現した武器商人である。

 

彼の経歴を綴ったグラバー史談には奇妙な記述が残されている。

 

「自分に歴史はない」

「自分の名前は出さないように」

 

なぜ、自分の痕跡を消す必要があったのか。

 

グラバーには武器商人とは違う、もう一つの顔があった。

グラバーもまた、秘密結社フリーメイソンの一員だったのだ。

 

事実、旧グラバー住宅にはフリーメイソンのシンボルマークが刻まれている。

旧グラバー住宅 フリーメイソン
画像引用:グラバー園公式ウェブサイトより(http://www.glover-garden.jp/)

 

武器商人とフリーメイソン。

二つの顔を持つグラバーは何が目的で日本にやってきたのだろうか。

 

グラバーは日本との交易、すなわち貿易拡大を計画していた。

そのために必要だった企み。

 

倒幕である。

 

グラバーの目的を実現するため、倒幕のシナリオが始まる。

 

そこで登場する人物が坂本龍馬である。

 

坂本龍馬とグラバー

亀山社中
貿易拡大のため、グラバーは倒幕を成し遂げなければならない。

幕府の目をくらますために坂本龍馬を使い、大規模な武器の輸入を行ったのだ。

 

1865年、坂本龍馬は貿易を目的とした亀山社中を設立した。

亀山社中、日本初となる商社として知られている。

 

その亀山社中設立の裏に、グラバーの存在があった。

 

この亀山社中は設立してから3カ月という短い期間のうちに、7800丁ものアメリカ製ライフル銃が輸入した。

現在の金額に換算するとおよそ50憶円という大規模な取引が行われていた。

さらにその2ヶ月後には、長州藩に軍艦を手配している。

 

ファックスもメールも無い時代を考えると、奇妙なほど迅速なビジネススピードだ。

しかも手配した取引先は海外である。

 

亀山社中は、フリーメイソン・グラバーが利用したダミー会社だったのである。

 

旧グラバー住宅の隠し部屋

そして倒幕に向けたシナリオが、グラバーの邸宅にある部屋にて加速していった。

 

旧グラバー住宅には、天井裏に設けられた謎の部屋が存在する。

隠し部屋
画像引用:グラバー園公式ウェブサイトより(http://www.glover-garden.jp/)

 

 

その謎の部屋にて、幕末の志士たちが集い、密会をしていたのだという。

もしかしたら、フリーメイソンのロッジのような集会だったかもしれない。

 

グラバーは自宅の謎の部屋にて、ある人物とも会合を行っていた。

後に初代内閣総理大臣となる伊藤博文である。

 

ここで一枚の写真をご覧いただきたい。

長州ファイブ
(やりすぎコージー芸人都市伝説・上巻より画像引用)

 

これは伊藤博文を筆頭に、ある国に密航した長州藩の主要人物をおさめた写真である。

俗に長州五傑(ファイブ)と呼ばれている。

 

この一行を海外まで密航させる手まわしをしたのがグラバーなのだ。

 

彼らが向かったある国とは、フリーメイソン発祥の地であるイギリス。

 

グラバーは幕府が主体となる身分制度を覆すため、自由・平等・博愛というフリーメイソンの理念を、長州五傑に教え込み植え付けたのだ。

 

さらに薩摩藩の主要人物である五代友厚、森有礼の密航も手助けしている。

 

このように、自由・平等・博愛の精神を学ばせ、坂本龍馬という仲介人を立て、薩長同盟を実現。

討幕へのシナリオを操る黒幕となったのである。

 

グラバーの故郷・スコットランドには、グラバーの生家が残されており、そこには幕末の志士達の痕跡が残されている。

彼の生家の寝室でもまた、奥に隠し部屋があり、そこで商談が行われていた。

 

グラバーの生家には、長州五傑の写真が現在も飾られている

アバディーンにあるグラバーの生家にも、幕末の志士は多数足を運んでいたという。

 

日本紙幣に見るフリーメイソンの刻印

倒幕のシナリオを描き、裏で暗躍していたグラバー。

グラバーは、自分の息のかかった人間を造幣局長に任命している。(伊藤博文、井上勝、遠藤謹助、井上馨)

もちろん、紙幣を印刷する機械もグラバーの手によって納められた。

 

これまでの記事でも紹介したように、現在日本で流通している紙幣にも、フリーメイソンの刻印がある。

 

そして旧紙幣も例外ではない。

旧紙幣には、幕末の時代のメッセージが込められているのだ。

 

そして旧紙幣を紐解くと、ある事実が浮かび上がる。

 

坂本龍馬は暗殺されていなかったという事実が。

 

坂本龍馬暗殺事件の真相

近江屋事件

京都・河原町にある近江屋で、中岡慎太郎と密会中に何者かが部屋に侵入した。

坂本龍馬は額や体を数か所斬られて死亡。

中岡慎太郎も、後頭部や両腕、両足を斬られ、事件から3日後に死亡したと伝えられている。

 

しかし関氏は、坂本龍馬は暗殺されていないと語る。

 

上記の説明で「何者かが」とあるが、一体どこの誰が坂本龍馬を暗殺したのか?

それは長州藩のメンバーだったと考えられている。

 

坂本龍馬を政治に関わらせないようにする。

このような意見が長州藩内で挙がり、実行に移されたのだ。

 

坂本龍馬暗殺の噂を、伊藤博文は事前に耳にした。

伊藤博文は坂本龍馬を救うため、板垣退助に助けを求める。

二人が密会し、相談していた場所こそ、旧グラバー住宅の謎の部屋である。

 

グラバーはただちに軍資金を調達し、薩摩の藩士を京都に送った。

暗殺されたのは坂本龍馬ではなく、グラバーが送った影武者だったのだ。

 

暗殺の魔手から逃れた坂本龍馬は、岩倉具視のもとに匿われた後に、時期を見計らってスコットランドに逃れた、と言われている。

 

そしてこの事の裏付けが旧紙幣から読み取れるというのだ。

 

考えてみてほしい。

坂本龍馬は、日本を新しい時代へと導いた英雄である。

今なお人気は根強く、国民から支持され続けている歴史上の人物の一人だ。

 

それではなぜ、紙幣の肖像画になっていないのだろうか?

 

 

その理由は、本物の顔が出てきていないから。

 

 

我々が知っている龍馬の顔は、影武者の顔だからである。

そのため、紙幣の肖像画にすることができないのだ。

 

坂本龍馬を支援した幕末の志士は旧紙幣にその肖像が描かれている。

旧紙幣
100円札が板垣退助

500円札が岩倉具視

1000円札が伊藤博文

 

5000円札、10000円札は聖徳太子となっている。

が、ここに坂本龍馬が刻まれているという。

 

聖徳太子は「天かける天馬」に乗っていたと伝えられている。

この天馬が龍馬を表している。

 

影武者の写真しか存在しない龍馬は、「天かける天馬」に乗っていたと伝えられている、聖徳太子に見立てて描かれたのだ。

 

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