東京に息づく平将門の呪い 徳川家康は将門の祟りを結界に利用していた! 東京オリンピックは大丈夫??

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平将門

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朝廷に挑んだ平将門

10世紀、平安時代。

自らを「新皇」と称し、京の朝廷と対立した関東の豪族で、武士の元祖といわれている。朝廷との戦いに敗れ、将門の首は見せしめのため京都に送られた。

日本の歴史で、初めてさらし首に処された人物と言える。



その無念の思いが力となったのか

不吉な呪いをもたらすものだと後世で恐れられるようになった



将門の恨みの念はすさまじく、将門の首は自分の胴体を求めて、京都から関東まで飛んで行ったという伝説がある。

やがて力尽き、将門の生首が落ちたとされる場所が、現在の東京・大手町にある首塚である。



この首塚を移転しようとすると事故が起き、死傷者が出るといわれている。

そして、首塚周辺にあるオフィスは、将門塚にお尻を向けるという無礼を避けるため、全ての机が首塚の方向を向いているという都市伝説がある。



こうしたエピソードからもわかるように、死んだ後もその怨念と霊力を恐れられていた将門。

その将門の力を風水の技術を用いて取り込んだ人物がいた。




将門の怨念と風水



風水とは、古代中国に起源を持つ、都市や建物の位置を決定するために用いられてきた方位や地理学に基づいた建築法である。

その風水を用い太平の世を作ろうとした人物がいた。



江戸幕府を開いた徳川家康である。



家康は江戸をより強い国にするため、腹心である天海に指示して、風水に基づいて江戸の町を設計した。
「やりすぎコージー 芸人都市伝説まとめ⑦ 家康の背後にいた男の正体」





その時に、将門にまつわる7つの神社を建立したのである。

将門にまつわる7つの神社


飛んだ将門の首が祀られている将門の首塚(将門塚)

将門の鎧が祀られている鎧神社

兜が埋められていると伝えられる兜神社

将門の「カラダ」が神社の名に由来しているとされる神田明神

首が飛び越えたという鳥越神社

将門を祭神とする筑土八幡神社

将門の呪いに関係しているという水稲荷神社



これら7つの神社を江戸に建立、配置した。

(http://www.ryokurian.jp/atelier/google/maps.html)より地図を出力した後に画像を作成





そしてこれらを線で結ぶとあるものが浮かび上がる。

北斗七星


北斗七星である。



将門は妙見神を信仰していた。

妙見神とは北極星と北斗七星を神格化した神である。



家康はそこに目をつけ、北斗七星の形に神社を配置し、将門の霊力を利用しようとしたのだ。

いうなれば、「将門の結界」である。



風水に基づいて設計された江戸の町に、将門の結界を組み込むことによって霊力を増幅させ、江戸の町を霊的に守ったのである。

将門の力のおかげだろうか。

事実、江戸幕府は300年に渡る、長き歴史を築いたのである。





しかし江戸から明治に時代が変わる。



将門も江戸幕府も、いうなれば京都にある朝廷に歯向かった存在である。



新しく打ち建てられた明治政府は、江戸を守護した将門の結界を封印しようとしたのだ。

魔法陣という呪術を用いて・・・




将門を封じ込めた明治政府

政府は将門の結界を抑えるため、魔法陣を敷いた。

そのために5つの建物を建設している。





魔法陣 地名
靖国神社

青山霊園

谷中霊園

雑司ケ谷霊園

築地本願寺



これらを地図に表すと・・・

お気づきだろうか。



靖国神社を中心とする四角形が浮かび上がるのだ。



これを先ほどの将門の結界と合わせてみよう。



将門の結界を封じる明治政府の魔法陣


将門の結界の真上に、明治政府の魔法陣が敷かれている。

そう、将門の霊力を抑えているのだ。



そして政府はもう一つの魔法陣を企てる。



山手線である。



山手線も将門の結界の上に敷かれているばかりか・・・



山手線によって体を分断される将門


黄緑の線で山手線をなぞってみた。



頭を表す兜神社と体を表す鎧神社を山手線によって分断している。

これはつまり、頭と体を切り離して結界を完全に封じ込める意味が込められているのだ。



しかし、力を抑えようとされた将門の怒りなのか。

山手線の完成直前に大災害が東京を襲う。



関東大震災である。




怨霊将門、再び

関東大震災により、将門の結界を封じ込める魔法陣の南東にある築地本願寺が損壊した。



そのせいで魔法陣の力が弱まったのだろうか。

昭和になって東京を災厄が襲うことになる。



東京大空襲。



これは第二次世界大戦時に、アメリカの大型爆撃機、B-29によってもたらされた。

このB-29が襲来してきた方角こそ、損壊していた築地本願寺があった方角、南東からだったのだ。





関東大震災と東京大空襲。



これは将門の怒りがもたらした災厄だったのだろうか。



後に築地本願寺は再建される。

2つの魔法陣によって、再び将門の結界を封じ込め、将門の怒りを抑えこむことができた



・・・かに見えた。



日本は今、新たな問題に直面している。


引き裂かれた魔法陣

2012年に、新たなシンボルとして東京スカイツリーが誕生した。



実はスカイツリーは皇居から見て北東、すなわち鬼門に建っている。

さらに皇居から見た裏鬼門の位置に東京タワーがある。



このスカイツリーと東京タワーを結ぶ線が、結界を抑えている魔法陣を切り裂いているのだ。



かつて東京を襲った関東大震災や東京大空襲のように、またもしても東京が災厄に見舞われるというのだろうか・・・?


あとがき

2020年の東京オリンピックに向け、築地市場が移転する準備が着々と進んでいますね。

築地市場が移動するだけで築地本願寺はそのままでしょうから、魔法陣には影響がないのと思うのですが・・・



将門の首塚にまつわる都市伝説によると、不遜な態度だけでも呪いや祟りがあるらしいと聞きます。

やはり気になるところですね。



気になる、といえばこのカードを知っていますか?

東京オリンピック
出典(defaye.arnaud.free.fr)

1995年に発売された「イルミナティカード」と呼ばれる謎のカードのうちの一枚です。



噂ではこれは東京オリンピックを指しているのではないか、と言われています。



●崩れ落ちる時計のついた建物が、銀座の和光ビルに酷似していること。

●逃げまどう手前の人々の服の色が、オリンピック五輪の色を連想させること。



何も悪いことがなければよいのですが・・・



信じるか信じないかはあなた次第です。

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コメント

  1. 通りがかりの者 より:

    拝啓 記事作成お疲れ様です。
    ふと思ったのですが、将門さん然り道真さん然り、昔の人ってホイホイ祟り神になりすぎじゃないですか?
    ・昔の人の場合は、ひどいことをされて亡くなった後国を丸ごと呪ったりします。皇を取って民とし民を皇となさん、というのはものすごいことですよね。
    では現代人はどうかと言いますと、怖い話なんかでよく聞くのは「殺人事件があった場所に入ると幽霊に呪われて〜云々」といったものです。これを逆に捉えると、ひどいことをされて亡くなってもトンネル一本とか、廃墟一軒呪うのが精々だということになります。
    ……昔の人、力強すぎません?この、今と昔の違いは何なのでしょうね。
    (これはいわゆる心霊、怪異幻想は実在するという立場、視点のものです)
    ・それと、現代や近代では新しく御霊として祀られるようになった方というのが居ないように思います。これも気になっていることです。もし、”昔の人々は畏れや祈りをぶつける先として神を作り出したのであり、超越的な何かが実在するということはない”のであれば、時代が進むごとに下火になってゆくというのは分かる気がします。科学万能の世では、「客観的に証拠立てられないものは実在なんかしない!」となりますから、祟りもウソ、神も怪異もウソということとなり、ありもしない脅威に対して「どうか祟るのはやめて下さい、矛先を向けないで下さい」等と祈る必要も無くなります。神というものはやはり信仰者ありきなんでしょうかね。

    • シュウ シュウ より:

      通りがかりの者様

      コメントいただき、誠にありがとうございます。

      「皇を取って民とし民を皇となさん」とは崇徳天皇の呪詛の言葉ですね。
      崇徳天皇の死因は憤死、つまり怒りのあまり死に至ったと伝えられています。

      しかし、どんなに腸わたが煮えくりかえるほど怒ったとしても、そのまま亡くなったという人は周りで聞いたことがありません。
      それほどまでに強い怒りと憎しみを抱え、呪いながら崇徳天皇は亡くなったのでしょう。

      とはいえ、通りがかりの者様の仰るとおり、昔の人の呪いと災いの力はあまりにも強く、そして長く続きすぎるように思います。

      「幽霊はこの世に未練を残した人の魂の姿」とよく語られますが、もしそうなら例えば殺人で命を奪われた人の魂は、絶対に犯人を呪うでしょう。
      恨みと未練の念の強さ=呪い・災いの強さ であるならば、この不合理さを説明することができません。

      >神というものはやはり信仰者ありきなんでしょうかね。

      通りがかりの者様のこの言葉に答えがあるように思います。

      以前何かの本で読んだのですが、古い時代の日本人は、人の魂は放置しているとオニ、奉るとカミになると考えていたそうです。
      (漢字が伝わる前の概念で、「鬼」や「神」とは少し意味が異なります。)

      カミになった魂は豊穣などの稔りをもたらしてくれるが、オニとなると流行り病や天災などの「災い」をもたらす。
      人の魂の本質は「祟る存在」だった、というのがその本での主張でした。
      ちなみに仏教伝来も、日本の神様ではオニを鎮めるには力が及ばなかったので導入されたのだそうです。
      その後、日本中に寺と仏像が作られましたが、これは仏の力で災害という名のオニを鎮める国家事業だったのです。

      今ほど医療や土木技術が発達していなかった時代、疫病の流行や干害・冷害などは人知を超えた災いであり、多数の死者が出てしまう大事件でした。
      そうした災いが続くと、きっとこれは誰かの魂がオニになったことが原因だと考えたのではないでしょうか。

      調べてみると、どうやら平将門が、菅原道真が、崇徳天皇が、強い恨みを抱えて亡くなったらしい。
      そして供養もされないまま放置されている。
      彼らの魂を奉り”カミ”にしないと、いつまでも災いに苦しまされることになる・・・!

      平将門たちが「日本三大怨霊」とされたのは、彼らの恨みの強さもさることながら、災いをもたらすオニを鎮めるため、懸命に祈り続けた民衆たちの思いの強さではないでしょうか。

      医療や土木技術が発達してきた現代において、たった一つの災害で国民の大半が死に至るほどの事態はそう起こらないでしょう。
      もちろん病気の流行や天災を完全に防ぐことはできませんが、科学の発展によって、かつて民衆が恐れた「災い」に人の力だけで対処できるようになりました。
      オニはもはや恐るるに足らず、したがって奉りあげてカミにする必要もなくなりました。

      これが近現代において新たに「御霊」とされた方がいないことの私なりの解釈なのですが、いかがでしょうか。

      思ったより長い文章になってしまいました。
      読みづらくしてしまい申し訳ありません。

  2. 通りがかりの者 より:

    管理人様、返信ありがとうございます。
    人の力だけで対処できるようになった、というのはなるほどその通りだと思いました。昔は今ほど技術が進んでいないため、早い段階で解決手段が出尽くしてしまうことが多く、直接の因果関係を発生させる訳では無い手段に頼らざるを得なかった。それが技術の進歩によって選択肢が広がり、”決着をつける”ことが人の手に収まるようになったと。

    読み辛いなどとはとんでもない!分かりやすい文でしたし、興味深い事柄も添えてくださってとても面白かったです。
    丁寧な返信、感謝いたします。

    • シュウ シュウ より:

      通りがかりの者様

      >昔は今ほど技術が進んでいないため、早い段階で解決手段が出尽くしてしまうことが多く、直接の因果関係を発生させる訳では無い手段に頼らざるを得なかった。

      はい。通りがかりの者様の仰る通りだと思います。
      通りがかりの者様の書かれる文章はとてもスマートですね。


      わかりやすく伝えようとした結果、長い文章になってしまいました。
      きちんとお伝えできていたか、疑問点にお答えできていたか甚だ不安だったのですが・・・
      「分かりやすい文」だったと言っていただけたことを嬉しく思います。

      通りがかりの者様への返信を考える中で、私自身も考えを整理することができました。
      このような機会を与えてくださったことに感謝いたします。

      あらためて、コメントいただきありがとうございました。

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