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平将門の神社を結ぶと北斗七星に 徳川家康は呪いの力で東京を設計していた!

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平将門 首塚

神田明神首塚など、東京には平将門ゆかりの神社がいくつもあります。

東京にある平将門ゆかりの神社を結ぶと「北斗七星」の形になることをご存知でしょうか。



幕府を開いた徳川家康は将門の力を利用して江戸の町を設計し、

明治政府は逆に将門の力を封じ込めようとした。

そして東京を襲った大災厄は将門の怒りが引き起こしたのではないかという話があるのです。



しかもこれはすでに終わった過去の話ではなく、将門の力は今なお続いているかもしれないというのです。

例えば2020年の東京オリンピックとか・・・


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朝廷に挑んだ平将門

行ってはいけない神社 神田明神 日本三大怨霊の一人に数えられる平将門

平安時代中期、平将門は現在の関東地方を征服し、自らを「新皇」と名乗りました。

教科書にも載っている平将門の乱です。



国府を襲って印鑰を奪い、東国の独立をかかげた将門に朝廷側は激怒しました。

朝廷は将門に対して追討軍を差し向け、藤原秀郷、平貞盛らによって討伐されます。



朝廷に逆らった将門の首は見せしめのため京都に送られ晒し首となりました。

日本の歴史で初めて晒し首に処された人物とされています。



将門の恨みの念はすさまじかったのでしょう。



その首は何ヵ月も腐らず、夜な夜な「もう一度戦おう」と叫び続けた

将門の首は自分の五体を探すために、京都から関東まで飛んで行った



という伝説が語られています。



一説には将門の晒し首は関東目指して飛び去るも、途中で力尽きて地上に落下。

その落下地点に造られたのが現在の東京・大手町にある首塚です。



その後、江戸の町で流行した疫病が将門の祟りではないかといわれました。

将門の怨霊を鎮めるために供養を行いお祀りしたのが、当時首塚近くにあった神田明神なのです。



将門の無念は後世においても不吉な呪いをもたらすとして恐れられ、



首塚を移転しようとすると事故が起き、死傷者が出る

首塚周辺にあるオフィスは、将門塚にお尻を向けるという無礼を避けるため、全ての机が首塚の方向を向いている

爆笑問題の太田光氏が若手時代にロケで首塚を訪れた際、「面白くしてやろう」と思い、土にお札を落として踏みつけた。その後、3年間バッタリと仕事がこなくなった



といった首塚にまつわる都市伝説が語られています。



こうしたエピソードからもわかるように平将門は死んだ後も怨念と霊力を恐れられています。



しかしそんな将門の力を利用し、新しい町の設計に利用した人物がいたというのです。


将門の怨念と風水

平将門 徳川家康 風水とは、古代中国に起源を持つ、都市や建物の位置を決定するために用いられてきた方位や地理学に基づいた建築法です。

その風水を用いて町を設計し、泰平の世を作ろうとした人物がいました。



江戸幕府を開いた徳川家康です。



家康は江戸をより強い国にするため、腹心である天海に指示し、風水に基づいて江戸の町を設計したと言われています。


あわせて読みたい「やりすぎコージー 芸人都市伝説まとめ⑦ 家康の背後にいた男の正体」
やりすぎコージーで語られた都市伝説です。徳川家康のアドバイザーとして江戸の町の設計に携わった謎の僧侶・天海。この天海の正体とは・・・


その時に将門にまつわる7つの神社を建立したのです。



将門にまつわる7つの神社


飛んだ将門の首が祀られている将門の首塚将門塚

将門の鎧が祀られている鎧神社

兜が埋められていると伝えられる兜神社

将門の「カラダ」が神社の名に由来しているとされる神田明神

首が「飛び越え」たことが語源とされる鳥越神社

将門を祭神とする筑土八幡神社

将門の呪いに関係しているという水稲荷神社



そしてこれら7つの神社を線で結ぶと「あるもの」が浮かび上がります。



北斗七星


将門ゆかりの神社を結ぶと北斗七星の形になるのです



将門は「妙見神」を信仰していたと伝えられています。

妙見神とは北極星と北斗七星を神格化した神のことです。



家康はそこに目をつけたのでしょう。

北斗七星の形になるよう神社を配置し、将門の霊力を利用しようとしたのです。

いうなれば将門の結界を張り巡らせたのです。



風水に基づいて設計された江戸の町。

さらに将門の結界を組み込むことによって霊力を増幅させ、その力をもって江戸の町を守ろうとしたのです。



将門の結界のお蔭かどうかはわかりませんが、

事実として江戸幕府は300年に渡る長い歴史を築いています。



しかし江戸から明治に時代が変わるとともに、政治権力も幕府から明治政府へ移行します。

ですが平将門江戸幕府もいうなれば京都の「朝廷」に歯向かった存在でした。



明治政府は江戸を守護した将門の結界を封印しようとしたのです。

魔法陣というさらなる呪術を用いて・・・




将門を封じ込めた明治政府

明治政府は将門の結界を抑えるため5つの建物を新たに建設しています。



魔法陣 地名


靖国神社

青山霊園

谷中霊園

雑司ケ谷霊園

築地本願寺



これらを地図に表すと・・・

靖国神社を中心とする四角形が浮かび上がるのです。



これを先ほどの将門の結界と重ね合わせてみましょう。



将門の結界を封じる明治政府の魔法陣


将門の結界の真上に、明治政府の魔法陣が敷かれています。

将門の霊力を抑えているのです。



そして政府はもう一つの魔法陣を企てました。



山手線です。



山手線によって体を分断される将門
山手線を黄緑の線でなぞってみました。



これを見ると、山手線も将門の結界の上に敷かれているばかりか・・・

頭を表す兜神社と体を表す鎧神社山手線によって分断されています。



これはつまり、頭と体を切り離して結界を完全に封じ込めるという意味が込められているのだです。



しかし力を抑えつけようとされたことへの将門の怒りなのでしょうか。

山手線が完成する直前に歴史的大災害が東京を襲います。



関東大震災です。




怨霊将門、再び

東京府と神奈川県を中心に、関東一円を襲った関東大震災。

190万人が被災し、10万5000人余りの人が死亡あるいは行方不明になったと推定されています。

関東大震災により、魔法陣の南東に位置する築地本願寺が損壊しました。



そのことで魔法陣の力が弱まったのでしょうか。

昭和になってから、東京大空襲という災厄が東京を襲うことになります。



第二次世界大戦末期、アメリカ軍により行われた106回にわたる戦略爆撃。

中でも「東京大空襲」と呼ばれた1945年3月10日の空襲は、大型爆撃機B-29によってもたらされた焼夷弾により、10万人を超える死者数を出しています。

このB-29が襲来してきた方角は南東、

すなわち損壊していた築地本願寺があった方角からだったのです。



関東大震災と東京大空襲。

これは将門の怒りがもたらした災厄だったのでしょうか・・・?



後に築地本願寺は再建され、2つの魔法陣によって再び将門の結界を封じ込めることができました。



ですが・・・

日本は今、新たな問題に直面していると言います。


引き裂かれた魔法陣

平将門 東京スカイツリー
2012年に東京の新たなシンボルとして東京スカイツリーが誕生しました。



実はスカイツリーは皇居から見て北東、すなわち鬼門の位置に建っています。

さらに皇居から見た裏鬼門の位置には東京タワーがあります。



このスカイツリーと東京タワーを結ぶ線が、結界を抑えている魔法陣を切り裂いているというのです。



考えてみれば、新たなシンボルである東京スカイツリーがなぜ「墨田区押上」という場所に建てられたのかも不思議です。



かつて東京を襲った関東大震災や東京大空襲のように、

またもしても東京が災厄に見舞われる日が来るというのでしょうか・・・?


おわりに

2020年の東京オリンピックに向け、築地市場から豊洲市場への移転がようやく完了しましたね。



豊洲市場への移転も、盛り土問題や土壌汚染問題が長期化し、予定より2年も遅くなってしまいました。

もう東京オリンピックのために予定されていた駐車場の工事も間に合わず、開催時における道路の大混雑は必至でしょう。



東京オリンピックについては、裏金エンブレム盗作疑惑、膨れ上がる予算など、不祥事や問題が噴出しています。

これも将門の怨念なのか、それとも単なる人災でしょうか・・



東京オリンピックといえばこのカードをご存知でしょうか?


東京オリンピック

出典(defaye.arnaud.free.fr)

1995年に発売されたイルミナティカードと呼ばれるカードゲームの一枚です。



噂ではこれは東京オリンピックを指しているのではないかと言われています。

崩れ落ちる時計のついた建物が、銀座の和光ビルに酷似している

逃げまどう手前の人々の服の色が、オリンピック五輪の色を連想させる



何も悪いことがなければよいのですが・・・

信じるか信じないかはあなた次第です。



最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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コメント

  1. 通りがかりの者 より:

    拝啓 記事作成お疲れ様です。
    ふと思ったのですが、将門さん然り道真さん然り、昔の人ってホイホイ祟り神になりすぎじゃないですか?
    ・昔の人の場合は、ひどいことをされて亡くなった後国を丸ごと呪ったりします。皇を取って民とし民を皇となさん、というのはものすごいことですよね。
    では現代人はどうかと言いますと、怖い話なんかでよく聞くのは「殺人事件があった場所に入ると幽霊に呪われて〜云々」といったものです。これを逆に捉えると、ひどいことをされて亡くなってもトンネル一本とか、廃墟一軒呪うのが精々だということになります。
    ……昔の人、力強すぎません?この、今と昔の違いは何なのでしょうね。
    (これはいわゆる心霊、怪異幻想は実在するという立場、視点のものです)
    ・それと、現代や近代では新しく御霊として祀られるようになった方というのが居ないように思います。これも気になっていることです。もし、”昔の人々は畏れや祈りをぶつける先として神を作り出したのであり、超越的な何かが実在するということはない”のであれば、時代が進むごとに下火になってゆくというのは分かる気がします。科学万能の世では、「客観的に証拠立てられないものは実在なんかしない!」となりますから、祟りもウソ、神も怪異もウソということとなり、ありもしない脅威に対して「どうか祟るのはやめて下さい、矛先を向けないで下さい」等と祈る必要も無くなります。神というものはやはり信仰者ありきなんでしょうかね。

    • シュウ シュウ より:

      通りがかりの者様

      コメントいただき、誠にありがとうございます。

      「皇を取って民とし民を皇となさん」とは崇徳天皇の呪詛の言葉ですね。
      崇徳天皇の死因は憤死、つまり怒りのあまり死に至ったと伝えられています。

      しかし、どんなに腸わたが煮えくりかえるほど怒ったとしても、そのまま亡くなったという人は周りで聞いたことがありません。
      それほどまでに強い怒りと憎しみを抱え、呪いながら崇徳天皇は亡くなったのでしょう。

      とはいえ、通りがかりの者様の仰るとおり、昔の人の呪いと災いの力はあまりにも強く、そして長く続きすぎるように思います。

      「幽霊はこの世に未練を残した人の魂の姿」とよく語られますが、もしそうなら例えば殺人で命を奪われた人の魂は、絶対に犯人を呪うでしょう。
      恨みと未練の念の強さ=呪い・災いの強さ であるならば、この不合理さを説明することができません。

      >神というものはやはり信仰者ありきなんでしょうかね。

      通りがかりの者様のこの言葉に答えがあるように思います。

      以前何かの本で読んだのですが、古い時代の日本人は、人の魂は放置しているとオニ、奉るとカミになると考えていたそうです。
      (漢字が伝わる前の概念で、「鬼」や「神」とは少し意味が異なります。)

      カミになった魂は豊穣などの稔りをもたらしてくれるが、オニとなると流行り病や天災などの「災い」をもたらす。
      人の魂の本質は「祟る存在」だった、というのがその本での主張でした。
      ちなみに仏教伝来も、日本の神様ではオニを鎮めるには力が及ばなかったので導入されたのだそうです。
      その後、日本中に寺と仏像が作られましたが、これは仏の力で災害という名のオニを鎮める国家事業だったのです。

      今ほど医療や土木技術が発達していなかった時代、疫病の流行や干害・冷害などは人知を超えた災いであり、多数の死者が出てしまう大事件でした。
      そうした災いが続くと、きっとこれは誰かの魂がオニになったことが原因だと考えたのではないでしょうか。

      調べてみると、どうやら平将門が、菅原道真が、崇徳天皇が、強い恨みを抱えて亡くなったらしい。
      そして供養もされないまま放置されている。
      彼らの魂を奉り”カミ”にしないと、いつまでも災いに苦しまされることになる・・・!

      平将門たちが「日本三大怨霊」とされたのは、彼らの恨みの強さもさることながら、災いをもたらすオニを鎮めるため、懸命に祈り続けた民衆たちの思いの強さではないでしょうか。

      医療や土木技術が発達してきた現代において、たった一つの災害で国民の大半が死に至るほどの事態はそう起こらないでしょう。
      もちろん病気の流行や天災を完全に防ぐことはできませんが、科学の発展によって、かつて民衆が恐れた「災い」に人の力だけで対処できるようになりました。
      オニはもはや恐るるに足らず、したがって奉りあげてカミにする必要もなくなりました。

      これが近現代において新たに「御霊」とされた方がいないことの私なりの解釈なのですが、いかがでしょうか。

      思ったより長い文章になってしまいました。
      読みづらくしてしまい申し訳ありません。

  2. 通りがかりの者 より:

    管理人様、返信ありがとうございます。
    人の力だけで対処できるようになった、というのはなるほどその通りだと思いました。昔は今ほど技術が進んでいないため、早い段階で解決手段が出尽くしてしまうことが多く、直接の因果関係を発生させる訳では無い手段に頼らざるを得なかった。それが技術の進歩によって選択肢が広がり、”決着をつける”ことが人の手に収まるようになったと。

    読み辛いなどとはとんでもない!分かりやすい文でしたし、興味深い事柄も添えてくださってとても面白かったです。
    丁寧な返信、感謝いたします。

    • シュウ シュウ より:

      通りがかりの者様

      >昔は今ほど技術が進んでいないため、早い段階で解決手段が出尽くしてしまうことが多く、直接の因果関係を発生させる訳では無い手段に頼らざるを得なかった。

      はい。通りがかりの者様の仰る通りだと思います。
      通りがかりの者様の書かれる文章はとてもスマートですね。


      わかりやすく伝えようとした結果、長い文章になってしまいました。
      きちんとお伝えできていたか、疑問点にお答えできていたか甚だ不安だったのですが・・・
      「分かりやすい文」だったと言っていただけたことを嬉しく思います。

      通りがかりの者様への返信を考える中で、私自身も考えを整理することができました。
      このような機会を与えてくださったことに感謝いたします。

      あらためて、コメントいただきありがとうございました。